NAIRUと自然失業率とは?推計値と失業率ギャップの読み方
NAIRU・自然失業率・非循環的失業率の違いと、推計の不確実性、失業率ギャップの計算を解説します。
このガイドの内容1. 公表される失業率と推計基準は別のもの
短い要約
NAIRUは、特定のモデルと前提のもとで、インフレ率が加速し続けないとされる失業率の推計値です。直接観測できる統計ではなく、自然失業率や各機関の非循環的失業率と常に同じ数値でもありません。米国の見出し指標であるU-3は調査から得る実測値ですが、NAIRUや自然失業率は各国のデータにも当てはめて考える、より広いモデル概念です。観測失業率から推計基準を引いたギャップは分析上の比較であり、それだけでインフレを予測するものではありません。
1. 公表される失業率と推計基準は別のもの
米国の見出し指標であるU-3失業率は、Current Population Survey(CPS)で定義に沿って失業者に分類された人を労働力人口で割って算出します。調査をもとに集計する観測指標です。一方、NAIRUは「どの程度の失業率ならインフレが持続的に加速しないか」をモデルで説明するために、データと仮定から推計します。NAIRUや自然失業率は米国固有の統計名ではなく、各国のデータに適用できるモデル概念です。調査票でNAIRUに該当する人を直接数えているわけではありません。
どちらもパーセントで表しますが、同じ種類の測定値ではありません。U-3は定義に基づく実際の失業率、NAIRUは比較対象となる推計値です。このガイドの例は米国U-3を使いますが、計算の考え方を他国に応用する場合は、年齢範囲や失業者の判定基準など、各国統計の定義を合わせる必要があります。
2. NAIRU・自然失業率・非循環的失業率
NAIRUは「インフレを加速させない失業率」という意味です。単純化した枠組みでは、期待インフレ率や供給要因などを明示したうえで、失業率が基準からどれだけ離れているかをインフレ圧力の一要素として扱います。NAIRUの値だけから、次の物価上昇率が機械的に決まるわけではありません。
「自然失業率」は、景気による総需要の上下とは別に、労働市場の仕組みや摩擦から生じる失業に着目する言葉です。連邦準備制度理事会のミシュキンは、両者はしばしば同じ意味で使われる一方、厳密には少し異なると説明しています。自然失業率はインフレが長期の期待水準へ向かう失業率、もともとの意味でのNAIRUはインフレが上昇も低下もしようとしない失業率です。どのようなショックが起きているかによって両者がずれる可能性があります。{source:frbMishkinPotentialOutput2007}
米議会予算局(CBO)は2023年のプレゼンテーションで、「非循環的失業率」を総需要の変動を除くあらゆる原因から生じる失業率と定義しています。この操作上の定義と同資料の推計方法はCBOの分析枠組みに沿ったものです。他の機関や研究者は、異なる期間や目的で構造的失業率やNAIRUを推計することがあります。名称だけで同じ系列と決めつけず、出典の定義を確認してください。{source:cboNoncyclicalRate2023}
3. 非循環的な失業にもさまざまな背景がある
景気後退でなくても、新しい仕事を探すのには時間がかかります。より合う仕事を探すために退職する人、学校を卒業して初めて職を探す人、縮小する業種から別の職種へ移るために訓練や転居が必要な人もいます。企業は新しい職を作る一方で既存の職をなくし、求人と求職者の適切な組み合わせにも時間が必要です。
CBOの2007年のワーキングペーパーは、自然失業率に影響する要因として、雇用の創出と消失、仕事の入れ替わり、失業者と求人が結び付く速さを挙げています。仕事や労働者の特性、マッチング過程の効率も関係します。年齢構成や産業構造が変われば、同じ景気条件でも集計失業率や基準の推計値が動くことがあります。{source:cboNaturalRate2007}
「非循環的」は、一人ひとりが失業している理由を必ず分類できるという意味でも、構造的失業が永久に一定という意味でもありません。需要が弱まると求職期間が長くなり、経験や技能、地域と求人のずれが広がることがあります。これらの概念は労働市場全体を分析するためのもので、個人に貼る確定的なラベルではありません。

4. 観測できない基準をどう推計するのか
一つの方法は、期待インフレ率や供給要因を含むフィリップス曲線で、インフレが加速しない失業率を推計することです。結果は、期待をどう測るか、どの期間を選ぶか、エネルギー価格などをモデルにどう入れるかに左右されます。経済構造が変われば、過去のインフレと失業率の関係がそのまま使えない可能性もあります。
CBOの2023年のプレゼンテーションでは、516の人口グループそれぞれに基準失業率を置き、労働力に占める構成比を使って集計する推計方法を説明しています。同じ資料は、物価が安定していた時期を使い、人口グループごとの観測されない傾向と景気要因を分ける代替方法も紹介していましたが、当時はまだ検討中でした。これは当時のCBOの方法と検討状況であり、確定的な新基準や普遍的な式ではありません。{source:cboNoncyclicalRate2023}
同じ名称の推計値でも、対象期間、使うデータ、人口グループ、モデルの目的が異なれば結果は違い得ます。小数点以下の桁数が多いことも、現象を同じ精度で把握できていることを意味しません。
5. ギャップの式と符号を確認する
このガイドでは、失業率ギャップを次のように定義します。
失業率ギャップ = 観測失業率 − 推計された基準失業率
結果がプラスなら観測値が選んだ基準を上回り、マイナスなら下回ります。報告書によっては引き算の順序を逆にするので、符号を解釈する前に式を確認してください。二つの失業率の差はパーセントではなく、パーセントポイントで表します。
仮にU-3が4.6%だとします。基準推計が4.2%なら、ギャップは 4.6% − 4.2% = +0.4パーセントポイントです。別のモデルが基準を5.0%と推計すれば、4.6% − 5.0% = −0.4パーセントポイントになります。同じ観測値でも、基準の選択によって符号は逆になります。
4.2%と5.0%は計算方法を示すための仮定で、現在の米国推計ではありません。ギャップがプラスだから物価が下がる、マイナスだからインフレが必ず加速すると結論付けてはいけません。どちらの推計値も、それ自体ではインフレ予測ではありません。
6. 推計には幅があり、後から改定される
NAIRUは労働市場の構造やインフレとの関係をデータから推測するため、誤差のない一点にはなりません。ミシュキンはNAIRU推計の統計的不確実性は大きく、単独ではリアルタイムのインフレ圧力を判断する材料として限界があると述べています。期待インフレや供給ショックの扱い、構造変化の仮定が異なれば結果も変わります。{source:frbMishkinPotentialOutput2007}
連邦準備制度理事会議長だったジェローム・パウエルは、政策担当者が当時持っていた自然失業率の推計と、後年のデータを使って振り返った推計を比較しました。新しい情報が加わると評価は大きく変わり得ます。改定後の数字を、当時の担当者がリアルタイムに知っていた値だと考えないことが大切です。{source:fedPowellMonetaryPolicyChangingEconomy2018}
新しい観測値や、その時点で利用できたデータの版を取り込むと、過去の推計値が変わることがあります。また、モデルや定義の選択を変えれば、基準値とギャップも変わり得ます。そのため、今日公表されるグラフの値が、当時の政策担当者が利用できた推計と異なる場合があります。
7. 完全雇用や固定の政策目標ではない
「自然」という言葉から、避けられない水準や望ましい失業率を連想するかもしれませんが、その意味ではありません。完全雇用は失業率ゼロを意味せず、単一のNAIRU推計値や、どの国にも当てはまる共通の割合とも同じではありません。NAIRUは特定の経済、期間、推計方法に依存する分析上の基準です。
労働市場の状況を見るときは、ギャップと一緒に雇用、労働参加率、労働時間、賃金、求人、求職期間なども確認しましょう。パウエルは自然失業率の推計が不確かなため、政策担当者は複数の指標を見ていると説明しています。物価や賃金の動きがギャップの示唆と異なる場合、基準の推計やショックの影響を改めて検討する必要があります。{source:fedPowellMonetaryPolicyChangingEconomy2018}
8. 推計値を読むときの確認項目
NAIRUや非循環的失業率の数字を見たら、まず公表機関、定義、対象期間を確認します。失業率がU-3なのか別の指標なのか、ギャップは観測値から基準値を引くのか、その逆なのかを見ます。推計の不確実性、発表時点、過去の改定も調べ、他の雇用・物価指標と照らし合わせてください。
フィリップス曲線の解説ではインフレ、期待、経済の余剰資源の関係を、U-3とU-6の比較では米国の観測失業統計の定義を説明します。ベバリッジ曲線の解説は求人と失業の関係を扱います。どの記事も、観測できない自然失業率を直接測るものではありません。
よくある質問
Q1NAIRUと自然失業率は完全に同じ意味ですか?
同じように使われることはありますが、あらゆるモデルで同じとは限りません。ミシュキンは、インフレが長期の期待水準へ向かう基準と、インフレが上下しようとしない基準を区別し、ショックによって差が生じる可能性を説明しています。
Q2NAIRUは失業率がゼロという意味ですか?
いいえ。仕事を探す時間や職の入れ替わり、労働者と求人のマッチングに時間がかかるため、景気後退がなくても失業が残ることがあります。NAIRUは全員に即時の雇用を約束するものではありません。
Q3ギャップがマイナスならインフレは必ず上がりますか?
いいえ。このガイドの符号では観測失業率が選んだ推計基準を下回るという意味です。推計自体が不確実で改定されるほか、インフレには期待や供給ショックなども影響します。
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